遺留分侵害額請求権の時効

遺留分侵害額請求権は、遺留分侵害の事実を知ってから1年以内に行使の意思表示をしなければ、時効によって消滅すると定められています(他に、10年の除斥期間と、侵害額請求権を行使したことによって発生した権利の時効も存在します)。
一般的に、債権の消滅時効の期間が10年と定められていることと比較すると、遺留分侵害額請求権については、かなり短期間で時効により消滅するものとされています。

それでは、時効になるのを防ぐためには、期間内にどのようなことをしなければならないのでしょうか。

遺留分侵害額請求権の場合は、相手方に対して遺留分侵害額請求権を行使するとの意思表示を行えば、時効消滅を避けることができます。
訴訟や調停等の裁判手続を用いなかったとしても、相手方に対する意思表示を行いさえすれば良いということになります。
規定上は、口頭で遺留分侵害額請求権を行使することを告げさえすれば良いのです(証明上の問題はありますが)。

ここで注意しなければならないのは、逆に、(裁判外での意思表示を行うことなく)裁判手続を用いた場合には、どの段階で時効消滅を避けることができるのかということです。

貸金返還請求権等の一般的な債権については、民事訴訟法147条が、訴えを提起したときに時効が中断すると定めています。
つまり、裁判所に訴状を提出すれば、相手方に訴状が送達される前であっても、時効が中断するということになります。
民事調停についても、民事訴訟法147条が準用され、同じ結論になると考えられています。

これに対して、遺留分侵害額請求調停について、裁判所のホームページには以下の記述があります。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/lkazi_07_26/index.html
「遺留分侵害額の請求は、・・・家庭裁判所の調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示ではありませんので、調停の申立てとは別に内容証明郵便等により意思表示を行う必要があります」
このように、一般的な債権の時効中断とは異なり、遺留分侵害額請求については、調停の申立を行っただけでは、時効消滅を避けることはできないこととなります。
このため、調停申立だけを行ったものの、別途、相手方に対する意思表示を失念し、1年の期間が経過してしまうと、遺留分侵害額請求権を行使することができないこととなってしまいます。

それでは、遺留分侵害額調停を前置することなく、遺留分侵害額請求訴訟を提起した場合はどうなるのでしょうか。
この場合については、後日、まとめることとしたいと思います。

遺留分侵害額調停申立だけでは時効消滅を避けることができないという点は、弁護士でも勘違いしてしまうポイントのようです。
遺留分侵害額請求の場合は、一般的な債権とは異なり、裁判所に書類を提出すれば時効の問題はなくなると考えるのではなく、別途、内容証明郵便等による意思表示を行うべきでしょう。

遺留分の放棄

相続の権利については,被相続人の生前には放棄することができないこととなっています。
このため,被相続人の生前に,特定の推定相続人の1人が相続権を放棄するとの意思表明を行ったとしても,法律上は,何の意味もないこととなります。
相続権を放棄するとの意思表明を行った相続人は通常の場合と同じように,相続権を主張することができることとなります。

これに対して,遺留分については,被相続人の生前に放棄することが認められています。
家庭裁判所において遺留分放棄の許可審判の申立を行い,家庭裁判所がこれを許可することにより,遺留分の放棄が認められることとなります。
このため,後継者に対してすべての財産を相続させるとの遺言を作成しておき,その他の推定相続人が遺留分放棄の許可審判を得ることができれば,その他の推定相続人は,遺留分も含めて,相続の権利を主張できないものとすることができます(ただし,遺留分を放棄してから,相続が起きるまでの間に,被相続人の財産に大きな変動があった場合は別です)。

ところで,遺留分放棄については,家庭裁判所が許可する必要があることとされています。
そして,家庭裁判所は,その他の推定相続人に対して十分な生前贈与がなされている等,一定の要件を満たす場合に限り,許可の審判を行います。

ところで,これまでの法律では,遺留分権利者に対して生前贈与がなされている場合には,生前贈与の対象となった財産は,遺留分の算定の際に,遺留分額から差し引き計算することができることとなっています。
そうすると,遺留分の放棄が許可されるような十分な生前贈与が行われている事案では,そもそも,遺留分を計算する場面でも,生前贈与の対象となった財産を差し引き計算することができ,結局,遺留分の主張を行うことができないこととなりそうです。
つまり,生前贈与がなされたという証拠をしっかり残しておけば,あえて遺留分の放棄の手続を行わなかったとしても,その他の推定相続人からの遺留分の主張を回避することができることとなりそうです。
この点を踏まえると,遺留分の放棄については,法律関係を明確にする以上の意味はないこととなりそうです。

ところが,このような結論は,令和元年7月に施行された改正相続法により,変わることとなりそうです。
改正相続法では,遺留分侵害額請求の際に差し引き計算される生前贈与が,相続から遡って10年前までになさりた贈与に限られることとなりました。
このため,相続から遡って10年よりも前に贈与がなされた場合には,遺留分の計算上差し引き計算されないこととなり,贈与を受けた相続人は,遺留分の主張もできることとなります。

これに対して,遺留分の放棄については,有効期限はありません(ただし,あくまでも,被相続人の財産に大きな変動がないことが前提です)。
このため,贈与から相続発生まで,長い期間(10年よりも長い期間)が空くことが予想される場合には,遺留分の放棄を行っておくことで,将来の遺留分侵害額請求を避けることができる可能性があります。

このように,改正相続法では,新たに,遺留分の放棄の制度を活用すべき場面が出てくることとなりそうです。

今回の相続法改正に限らず,法改正があったときには,他の規定との相乗効果で,文言を読んだだけでは気づかないような影響が生じることがあります。
弁護士として活動する際には,このような変化により多く気づけるようになりたいものです。

遺留分の計算方法

遺留分については,相続分に2分の1を掛け算することにより,簡単に計算ができるとの説明がなされることがあります。
確かに,多くの事例では,相続分に2分の1を掛け算することにより,遺留分を算定することができます。
ところが,実際には,イレギュラーな事情があると,相続分に2分の1を掛け算する計算方法だと,誤った計算になり,遺留分額が大きく異なってくることがあります。

遺産総額次第では,わずかな分数の違いにより,算定される遺留分額も大きく異なってきます。
弁護士として遺留分についての相談をお受けする場合には,イレギュラーな事情を見逃すことのないよう,細心の注意を払わなければならないところです。
そのためには,遺留分の算定方法について,正確な理解をしておく必要もあります。

第一に,弁護士等の法律家がすぐに思いつくのが,亡くなった方に子がいない等の理由により,父母のみが相続人となる場合です。
たとえば,父母のみが相続人である場合で,相続人ではない第三者に対し,遺産のすべてを遺贈するという遺言が残されていた場合です。
この場合に,父母が第三者に対して遺留分侵害額請求を行うと,総体的遺留分は,2分の1ではなく,3分の1となります。
このため,父母のみが相続人の場合は,算定される遺留分額は,子や配偶者が相続人である場合と比べて,小さくなることとなります。

第二に,配偶者と兄弟姉妹が相続人となる場合です。
たとえば,相続人ではない第三者に対し,遺産のすべてを遺贈するという遺言が残されていた場合を考えたいと思います。
この場合,相続分は,配偶者が4分の3,兄弟姉妹が4分の1です。
このため,相続分に2分の1を掛け算する考え方だと,配偶者の遺留分は8分の3であると言いたくなってしまうところですが,これは誤りです。

遺留分については,正確には,①まず総体的遺留分を計算し,②総体的遺留分を個々の遺留分権利者で分け合うという計算方法を用います。
今回の総体的遺留分は,父母のみが相続人の場合(第一の場合)ではないですので,2分の1となります。
次に,個々の遺留分権利者で分け合う計算になりますが,兄弟姉妹は,法律で遺留分権利者ではないこととされていますので,遺留分を分け合う立場にはないこととなります。
この結果,配偶者のみが遺留分権利者となりますので,配偶者が2分の1の遺留分をすべて主張することができることとなります。

最近,世間の注目を集めた,全財産を地方公共団体に遺贈するとの遺言が残されていた件が,まさしく第二と同じような状況になっていましたので,遺留分の計算方法についての話をまとめてみました。

香典と弔慰金

相続で争いになっている事案で,香典や弔慰金の帰属が問題となることがあります。
三重県内でも,この点が争われることがしばしばありますので,一般的な考え方をまとめておきたいと思います。

香典は,葬儀において,故人のご霊前に供える金品のことを指します。
香典は,葬儀の参列者から喪主に対して渡されます。

香典は,相続財産には含まれないとされています。
香典が誰に帰属するかについては,様々な見解がありますが,有力な考え方は,香典は葬儀費用に充当されるが,葬儀費用を上回る場合には,上回った分は喪主に帰属するとしています。

弔慰金は,故人を弔うとともに,遺族を慰めるために交付される金銭のことを指します。
弔慰金は,会社や団体から支給されることがあります。
弔慰金規程に基づき,受給権があるとされている人が受け取ります。
弔慰金規程の定め方は会社や団体によって様々ですが,配偶者が第一の受給権を有し,配偶者がいない場合は子が受給すると定められていることが多いでしょう。

弔慰金もまた,相続財産には含まれないとされています。
弔慰金が誰に帰属するかについては,弔慰金規程によって決まることとなります。
ただし,弔慰金規程において,金額,趣旨,受給権者がどのように定められているかにより,弔慰金を受け取ったことが,特別受益に準じるものと扱われ,相続において考慮される可能性があります。
たとえば,弔慰金の額が相続財産と比較して多額であり,実質が退職金に類するものとされており,受給権者が民法上の相続人と同じように定められている場合には,弔慰金を受け取ったことが,特別受益に準じるものと扱われる可能性があります。

このように,弔慰金については,弔慰金規程の定め方次第という部分がありますので,高額の弔慰金が発生している場合には,弔慰金規程の内容を確認する等する必要があることがあります。

再転相続の場合の相続放棄②

今回も,次のような相続関係を前提としたいと思います。
① Aが死亡し,BがAの相続人となった。
② その後,Bが死亡し,CがBの相続人となった。

次に検討しなければならないのは,①の相続に限って相続放棄を行うことを希望する場合には,いつまでに相続放棄の申述を行わなければならないかということです。

相続放棄については,熟慮期間内に行わなければならないとされており,熟慮期間経過後には,相続放棄が受理されることはありません。
基本的には,熟慮期間は,相続の開始があったことを知った時から3か月以内と定められています。
ただし,再転相続の場合には,民法は,以下のような特別の規定を置いています。

第916条 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは,前条第1項の期間(熟慮期間)は,その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

このように,再転相続の場合について,民法は,Cが自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月間,相続放棄が可能であるとの規定を置いていました。

ところが,この民法の規定には,重大な問題があります。
それは,「Cが自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月が,「Cが①の相続の開始があったこと(Aが死亡したこと等)を知った時」から3か月であるのか,「Cが②の相続の開始があったこと(Bが死亡したこと等)を知った時」から3か月であるのかが,条文の書き方からは分からないということです。

この問題について,これまでの通説は,「Cが②の相続があったこと(Bが死亡したこと等)を知った時」から3か月間であるとしていました。
通説は,「Bが死亡したことを知った以上,CはBの遺産についての調査を行うであろう,その過程でCはAの遺産についての情報を得ることもできるであろう,だから,熟慮期間として,Bが死亡してから3か月とするのが妥当である」と考えていたのです。

もっとも,通説の解釈は,Cにとっては酷であることがありました。
AがBと疎遠であり,普段連絡をとることがないような場合を考えてみましょう。
このような場合には,Cが,Bが死亡したことを知り,Bの遺産についての調査を行ったからとしても,必ずしも,Cが,Aの遺産についての情報を得ることが期待できるとは限りません。
事案によっては,BもCも,Aの死亡の事実すら知らないこともあり得ます。
にもかかわらず,CがAの遺産についての情報を得ることを期待するのは,現実的ではありません。

そこで,今回,8月9日付の最高裁の判決は,通説とは異なる立場,つまり,Cが再転相続人になったことを知った時から3か月間,Cは,再転相続の相続放棄を行うことができるとの判断を行いました。
Cは,①の相続があったこと(Aが死亡したこと等)を知ってから3か月が経過するまでは,再転相続の熟慮期間が経過することはなく,再転相続の相続放棄を行うことができるということになります。

このように,今回の最高裁の判決は,これまでの通説とは異なる判断を行ったものであり,重要なものです。
弁護士としては,このような判決が出るに至った背景も含め,理解しておきたいものです。

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再転相続の場合の相続放棄①

8月9日付で,再転相続の場合の相続放棄についての最高裁の判決が出ました。

再転相続とは,以下のような場合のことを言います。
① Aが死亡し,BがAの相続人となった。
② その後,Bが死亡し,CがBの相続人となった。

①の相続により,BはAの相続人である地位を有することとなるのですが,②の相続により,このAの相続人である地位が,Cへ引き継がれることとなります。
このように,Aの相続人である地位がBからCへ引き継がれることを,再転相続と言います。

それでは,どのような場合に,相続放棄が問題となるのでしょうか。
考えなければならないのは,Aに多額の負債があったり,管理が困難な遺産があったりする場合です。
相続人としては,Aの遺産を引き継ぎたくないと考えることもあろうかと思います。

このような場合,Bが,存命である間に①の相続について相続放棄を行っていれば,BはAの相続人である地位を有しないこととなりますので,②の相続があったとしても,当然,Cは,Aの相続人である地位を引き継ぐことはないこととなります。

問題となるのは,Bが,存命である間に①の相続についての相続放棄を行っていなかった場合です。
Cは,どのようにすれば,Aの相続人である地位を引き継がずに済むのでしょうか。

1つ目の回答としては,Cが,②の相続について相続放棄を行い,Bの相続人である地位を有しないこととしてしまえば良いというものが考えられます。

もっとも,現実には,Cとしては,②の相続について相続放棄を行うことは避けたいと考えることがあります。
それは,Aには多額の債務がある一方,Bにはプラスの財産があるため,②の相続について相続放棄を行うことは避けたいという場合です。
また,Bから自宅不動産を引き継がなければならない場合も,同様に,②の相続について相続放棄を行うことは避けなければならないでしょう。

このように,②の相続について相続放棄を行うことは避けたい場合には,次の回答を用意する必要があります。
それは,Cが,①の相続に限り,相続放棄を行うことです。
これが,再転相続の場合の相続放棄になります。

このように,②の相続について相続放棄を行うことは避けたいが,①の相続に限って相続放棄を行うことを希望する場合に,再転相続の問題が生じてくることとなります。
弁護士として相談をお受けする場合にも,このような相談をお受けすることは,しばしばあります。

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遺留分侵害額請求の評価基準時

今回の相続法改正により,遺留分減殺請求権は,遺留分侵害額請求権へと名称変更され,専ら,金銭を請求する権利とされることとなりました。
改正前は,遺留分減殺請求権を行使した場合は,一旦は,権利行使した人は,相続・遺贈の対象となった個々の財産を共有することとなっていましたが,改正法では,遺留分額に相当する金銭の支払を請求することができるのみとなります。

このように,金銭の請求を行う場合は,いつを遺産の評価の基準時とするかが問題となります。
遺留分額は,おおむね,相続財産の純資産額に遺留分をかけ算することによって計算されます。
ここで問題となるのは,相続財産の純資産額を評価するのは,いつの時点が基準になるかということです。

遺留分を請求する間に,評価額がそんなに変動することがあるのかと思われる方もいるかもしれませんが,相続財産に株式が含まれている場合には,いつの時点を基準とするかによって,遺留分額は大きく変動することがしばしばあります。
特定の企業名は出しませんが,たとてば,関連企業が上場したことに伴い,株価が大きく値上がりしたことがありましたし,粉飾決算が判明したことにより,株価が大きく値下がりしたこともありました。
このように,大きく株価が騰落した企業の株式を多数持っていると,相続財産の全体額が大きく増減することも起き得ることとなるのです。

それでは,改正相続法の遺留分侵害額請求では,評価基準時はいつになるのでしょうか。
改正法では,相続財産の評価の基準時は,相続開始時点とされています。
そして,このことにより,次のような事態が生じることとなります。
相続開始後に相続財産が値上がりした場合であっても,遺留分額は,相続開始時点の評価額で固定されることとなります。したがって,相続開始後の値上がり分は,遺留分侵害額請求を受けた側の利益となることとなります。
反面,相続開始後に相続財産が値下がりした場合であっても,遺留分侵害額請求を受けた側は,相続開始時点の評価額により算定された遺留分額の金銭を支払わなければなりません。つまり,相続開始後の値下がり分は,遺留分侵害額請求を受けた側がかぶることとなってしまいます。
このように,今回の改正は,相続開始後の価格変動により,遺留分減殺請求を受けた側が得をすることもあれば,損をすることもあるという事態を招いてしまうものです。

遺留分侵害額請求を行う側については,相続開始後の価格変動に関係なく,相続開始時点の評価額に基づき,遺留分に相当する金銭の支払を受けることができます。
これに対し,遺留分侵害額請求を受けた側は,相続開始後に値上がりした場合には,有利になります。これに対し,相続開始後に値下がりした場合には,損失をすべてかぶらなければならなくなってしまいますので,死活問題になりかねません。
以上を踏まえると,法改正後は,相続財産の価格変動を見据え,リスク回避のために早期に財産を売却する等の対応を考えなければならない場面が出てくるように思います。
弁護士として相談を受けた場合には,こうした法改正によるリスクも踏まえつつ,必要な助言を行いたいところです。

配偶者居住権(長期)の評価方法3

平成31年度の税制改正によって,配偶者居住権(長期)の評価方法については,かなりの部分が確定したものと思います。
税制改正の評価方法を用いれば,誰が計算したとしても,同じ計算結果になりますので,実務上の有用性は大きいと思います。

もっとも,平成31年度の税制改正によっても,実務上の取扱いが未確定の部分が残っています。
たとえば,以下の点は,未確定の問題として残っているように思います。

被相続人が亡くなり,相続人が配偶者,子A,子Bの3名である場合を考えたいと思います。
遺産は,被相続人の自宅の土地・建物(配偶者が居住),預貯金であったと仮定します。

このような事例で,子Aが土地・建物の所有権を取得し,配偶者が土地・建物の配偶者居住権(長期)を取得したとします。
相続税が課税される場合には,子Aは居住権が設定された土地・建物を取得したものと扱われ,配偶者は居住権を取得したものと扱われます。

ここで考えたいのは,さらに時が経過し,配偶者が亡くなった場合(二次相続に場合)にどうなるかということです。
配偶者が亡くなると,配偶者居住権(長期)は消滅し,子Aは土地・建物の完全な所有権を取得することとなります。
この点を捉えて,配偶者から子Aに対し,居住権に相当する利益の相続が生じたと扱い,相続税が課税されるかどうかについては,まだ明らかになっていません。

個人的には,配偶者居住権(長期)が二次相続でどのように扱われるかは,弁護士も注意を払わなければならない重要な問題だと思っています。
それは,仮に,二次相続で配偶者から子Aへの居住権に相当する利益の相続があったと扱われないとすると,以下のように,配偶者居住権(長期)を遺留分対策に利用できてしまうと思われるからです。

被相続人は,子Aにできるだけ多くの財産を相続させ,子Bからの遺留分侵害額請求をできる限り阻止したいと考えている。
そこで,被相続人は,配偶者に配偶者居住権(長期)を遺贈し,居住権の設定された土地・建物と預貯金を子Aに相続させるとの遺言を作成した。
また,被相続人の配偶者も,すべての財産を子Aに相続させるとの遺言を作成した。
 → 一次相続では,「(土地・建物-居住権)+預貯金」が子Bの遺留分算定の基礎となる。
 → 二次相続では,居住権は子Bの遺留分算定の基礎とならない。
 ⇒ トータルで見ると,居住権の評価額分については,子Bの遺留分算定の基礎となる財産から除外され,その分,子Bからの遺留分侵害額請求を阻止することができる。

このように,今回の改正は,遺留分侵害額請求にも影響を及ぼしかねないものだと思いますので,今後の税制改正も含め,今後の取扱いの変化を注視していく必要があるものと思います。

配偶者居住権(長期)の評価方法2

今回は,被相続人名義の建物に配偶者が居住しており,建物の底地も被相続人名義になっている事例を念頭に置いて,平成31年度税制改正の評価方法を紹介したいと思います。

最初に,居住権が設定された建物とその底地の評価方法は,以下のとおりとされています(居住権自体の評価方法よりも先に,居住権が設定された建物とその底地の評価方法を把握した方が分かりやすいように思います)。

1 土地
  土地の相続税評価額×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率(①)
2 建物
  建物の相続税評価額×{(残存耐用年数-居住権の存続年数)/残存耐用年数}×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率(②)

土地についての考え方は,おおむね以下のとおりだと思います。
居住権が設定された土地を取得すると,その土地の所有権を得ることとなります。このため,計算の出発点は,「土地の相続税評価額」になります。
ただ,居住権が設定されているため,土地を取得した人が実際にその土地を使用することができるのは,居住権の存続年数が経過してからとなります。つまり,居住権が設定された土地を取得した人は,居住権の存続期間が経過した将来,土地の完全な権利を取得することができる地位をもっているに過ぎないということになります。このため,「存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率」を掛け算し,土地の評価額を減じることとなります。

なお,配偶者居住権(長期)の存続期間が終身の場合は,配偶者の平均余命を存続期間とします。

建物についての考え方も,土地についての考え方と共通しています。
ただ,建物については,老朽化しますので,一定期間が過ぎると経済的価値を著しく失うという違いがあります。このため,建物については,耐用年数を踏まえた調整が行われることとなり,「(残存耐用年数-居住権の存続年数)/残存耐用年数」を乗じる計算が行われることとなります。

建物の耐用年数については,減価償却計算で使用する法定耐用年数(住宅用)に1.5を掛け算し,築年数を引き算することにより算定されます。

存続期間が経過する前に耐用年数が経過してしまう場合は(つまり,残存耐用年数-居住権の存続年数がマイナスになる場合),居住権が設定された建物の評価額は0円になります。

次に,居住権の評価方法は,以下のとおりです。

1 土地
  土地の相続税評価額-上記①
2 建物
  建物の相続税評価額-上記②

つまり,居住権が設定された建物の評価額と居住権を足し算すると,建物全体の評価額と同じになるということです。
土地についても同様の考え方になります。

配偶者居住権(長期)は,相続法改正により設けられた新しい権利ですので,過去にベースとなり得る計算方法が存在しない権利です。
このため,遺産分割の事案,遺留分侵害額請求の事案で,居住権の鑑定評価を行う場合にも,平成31年度税制改正の評価方法が参照される可能性は大いにあるものと思います。
この点で,今回の税制改正の内容は,弁護士として担当する案件にも影響を及ぼす可能性があると思います。

配偶者居住権(長期)の評価方法1

平成31年度の税制改正で,相続税申告の際,配偶者居住権(長期)をどのように評価すべきかが明らかにされました。

配偶者居住権(長期)とは,相続法改正により,新たに認められるようになった権利です。
被相続人が配偶者とともに被相続人名義の建物で生活していた場合,被相続人が亡くなると,配偶者が住んでいる建物についても,遺産分割を行わなければならなくなります。
遺産分割の結果,配偶者が建物を取得できるのであれば問題はないのですが,配偶者が建物を取得できない場合には,配偶者は,これまで住んでいた建物から退去を求められる可能性があります。配偶者の今後の生活のことを考えると,このような事態は避けたいところです。
そこで,改正相続法は,新たに配偶者居住権(長期)を設け,配偶者が,終身または一定の期間,これまで住んでいた建物に居住する権利を主張できるようにしました。
配偶者居住権は,遺産分割(協議,調停,審判),遺言による定め(遺贈)により設定することができます。

このような配偶者居住権(長期)が設定された場合,居住権をどのように評価するか,居住権が設定された建物とその底地をどのように評価するかが問題となります。
居住権が設定された建物とその底地を取得した相続人は,配偶者が居住していますので,建物とその底地を自由に使用することができません。
このため,居住権が設定された建物とその底地については,一定程度減価して計算するのが妥当であると考えられます。
居住権自体も,建物の使用権を主張することができる強力な権利ですので,一定の財産的価値があるものとして評価すべきであると考えられます。

配偶者居住権(長期)の評価については,相続税申告の場面だけではなく,遺産分割の場面,遺留分侵害額請求の場面でも問題となり得ます。
かつては,改正相続法の立法担当者が評価方法についての一定の見解を示していましたが,立法担当者の評価方法は,土地の評価額への言及を欠いたものであり,いささか通用力を欠くと思われるものでした。
このため,個人的には,遺産分割の場面,遺留分侵害額請求の場面でも,平成31年度の税制改正の評価方法が参照される場面が多くなるのではないかと思われます。
このように,弁護士として活動するに当たっても,税制改正の内容を把握しておくべき場面はしばしばあります。

具体的な評価方法については,次回紹介したいと思います。